ジャパンカップ:歴史②
1981年
東京競馬場の芝2400mの国際招待の混合特別指定競走、ジャパンカップとして創設。
メアジードーツが当時のJRAレコードタイム(2分25秒3)で優勝。
1982年 – 当時の世界歴代賞金王ジョンヘンリー(アメリカ)が出走(13着)。
1983年 – 日本で初めてゼッケンに馬名が記入された(後述。当時はこの競走のみの特別仕様)。
1984年
JRAグレード制施行によりGIに格付け。
ミスターシービー(10着)、シンボリルドルフ(3着)が出走し中央競馬史上初となる中央競馬クラシック三冠馬同士の対決となった。
カツラギエースが日本生産馬、日本調教馬として初優勝。
1985年 – 単勝1番人気馬(シンボリルドルフ:日本)が初優勝。
1989年
ニュージーランドのホーリックスが従来のJRAレコードを2秒以上短縮する、当時の世界レコードタイム(2分22秒2)で優勝。7歳(当時の年齢表記)牝馬がJRA主催のGI競走を制するのも初となる。
1着賞金の総額が1億円台となる。
1992年 – 国際セリ名簿基準委員会(ICSC)により国際GI競走に指定。
1997年 – イギリスのマイケル・スタウトが調教師として史上初の2連覇。
1999年 – ワールドレーシング・チャンピオンシップに参加。
2001年 – 馬齢表示の国際基準への変更に伴い、出走条件が「4歳以上」から「3歳以上」に変更。
2002年 – 東京競馬場の改修工事により中山競馬場の芝2200mで施行。
2005年 – イギリスのアルカセットが芝2400mの日本レコードタイムとなる2分22秒1で優勝。
2006年 – ワールドレーシング・チャンピオンシップが一時中止(2009年現在)。
2008年
ジャパン・オータムインターナショナルに指定。
3世代日本ダービー優勝馬(メイショウサムソン、ウオッカ、ディープスカイ)が初めて3頭揃って出走。
2009年 – ウオッカが日本生産馬の牝馬として初優勝を果たすと共に史上4頭目のJRA・GI競走7勝を達成し、牝馬としては史上初。